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日々夏休みのノリで読書感想文を書いています。

034|『初夏ものがたり』山尾悠子|幻想の向こうに

2024.06.27 読了

10年以上読まないで積読記録を更新し続けている本がある。山尾悠子さんの『ラピスラズリ』という本だ。昔、丸善日本橋店で装丁に一目惚れして買って以来、2回の引っ越しにもついてきてくれて、今もなお本棚でひっそりとぼくの人生を見守ってくれている。

 

そんな山尾悠子さんの『初夏ものがたり』がちくま文庫で出ると知ってAmazonで速攻で予約した。『ラピスラズリ』を読まずに来てしまったので、かわりに『初夏ものがたり』を読んで積読を供養してやろうと考えたのである。我ながらちょっと何を言っているのかわからない。

 

というわけで、今回は『初夏ものがたり』を紹介するわけだけれど、やっぱり装丁が素敵なのである。これも一目惚れで買ってしまい、あやうく積読の一途辿るかと思われたが、やっぱり今の季節に読みたいということですぐに手に取った。

 

山尾悠子さんは初めて読む作家で、幻想文学というのも初めてだった(と思っていた)。幻想文学というと、夢野久作とか、澁澤龍彦とかけっこうゴリゴリな作家がイメージされてしまい、少し敷居が高そうに思えたが、あとで僕の好きな宮沢賢治稲垣足穂なんかも幻想文学作家としての位置付けであると知って、とても興味が湧いた。

 

で、読んだ感想はと言えば『初夏ものがたり』だなんてあまりにも素敵なタイトルのとおり、まるで初夏のさわやかな風を思わせるかのような読後感だった。あらすじとしては、逝ってしまった人たちが帰ってきて、望みを叶えるというものなのだけれど、彼岸と此岸がどこか曖昧で、薄いヴェールを纏ったように、そこに流れる時間も情景も淡く霞んで見えるようだった。

 

死者というのも似つかわしなく、彼らは皆生きていた頃の姿でそのまま当たり前のようにこちらの世界に戻ってくる。そういう存在における区切りのなさが、境界を曖昧にして、現実の中に幻想を宿らせて淡く光立たせるのだろう。死んだ人が戻ってくる──儚げで刹那的なその設定だけで胸に迫ってくるものがある。丁寧で美しい描写が印象的であり、夏の到来を思わせるかのようなそんな余韻で満たしてくれる。

 

もしも、何十年か先、ぼくがこの世界から離れ、また一度戻ってくるとしたら、いったいどの季節を選ぶだろうか。そして、誰に会いたいと思うだろうか。幻想の向こうに、いつかやってくる自分の死をふと重ねてみたりもした。