BOOKWORM

本との出会いのこと、とか。

013|『オーパ!』開高健|永遠の幸わせ

<内容>
世界最大の流域面積を誇るアマゾン河に潜む巨大魚・怪魚を求め、作家・開高健が挑んだ60日間、16,000キロにもおよぶ遥かな旅路の記録。


 

釣りを覚えたのは小学生の頃だ。

当時は第三次バス釣りブームの真っ只中で、芸能人たちもバス釣りをしていたし、ぼくもお年玉の残りで釣具を買い込み、いそいそと近所の川に出かけたものだ。釣竿を片手に川縁を駆けていく時のあの逸る気持ちは今でも忘れることができない。あれは本当に楽しい時間だった。

大人になってからも釣りをした。たまたま家族で釣りに行く機会があり、昔やったきりだったから糸の結び方なんか覚えているだろうかと思っていたら、案外手は覚えているものですんなりとできた。それからというもの、休日にはよく家族で釣りに出かけた。そうして、またぼくは釣りにのめり込んでいった。

今ではもうほとんど釣りには行かなくなってしまったけれど、東北に住んでいた頃は休みの日のたびに出かけたものだ。使っていた釣具は古いものばかりで、フェンウィックのランカースティック、アブの5000C、古いヘドンのルアーたち、だ。古い道具を使うのには、子どもの頃からの憧れがあったからだ。とくにアブの5000Cというリールは、子どもの頃に絶対に手に入れるのだと決めていた。そのほかの道具たちは、大半は離婚した時に売り払ってしまったけれど、アブの5000Cだけは今でも手元に残してある。上野にまだスーパーブッシュがあった頃、そこで会社帰りに中古で買ったリールだ。シリアルナンバーは1973年製──まだガルシア社と合併する前のモデルで、ぼくはまだ生まれていない時代に作られた堅牢なリールだ。そして、開高健の愛用していたリールだった。

オーパ!』の中にもこのリールは登場する。この本を最初に読んだ時から、このリールは僕にとっての憧れであった。いつか絶対に手に入れてやるんだと思った。そして、実際に入れたときは本当に嬉しかった。

今でも現役で、時折釣りに連れ出してやる。そういった古き良き時代の道具と共に水辺に立つと、ふっと心が軽くなる。嫌なことしかない日々の中で、その時ばかりは何もかもを忘れた気になる。心のうちに残るのは、幸せな日々ばかりだった。

妻と子どもも、ぼくの影響からか釣りが好きだった。休みの日はよく高原の野池や川に釣りに出かけた。子どもには鳥獣虫魚のことを教え、妻にはルアーを投げ込むポイントを教え、誰かが釣れれば何の憂いもないかのように笑いあった──思えば、あの日々がぼくの人生の中でいちばん幸せな時期だったのかもしれない

 

永遠の幸わせ

本の冒頭では、古い中国の諺を引用している。

一時間、幸わせになりたかったら酒を飲みなさい。
三日間、幸わせになりたかったら結婚しなさい。
八日間、幸わせになりたかったら豚を殺して食べなさい。
永遠に、幸わせになりたかったら釣りを覚えなさい。

最初にこの本を読んだ時、ぼくはまだ12歳だった。開高健という作家は知りもしなかったし、まして本を読むことなんてほとんどしなかったにも関わらず、この本にだけは惹かれた。思えばこの本からぼくの読書人生は始まっている。そうして、読書のみならず、引用されたその諺のとおり、永遠の幸せを願い、ぼくは釣りを覚えた。

毎日飽きもせずに繰り返し読み、いつしか表紙のカバーは取れてボロボロになった。今でもその本は手元に残してあるが、さすがにこれ以上、読むのはかわいそうだからと高校生の頃に2冊目を買った。それも同様に手ずれでボロボロになり、大人になって買った3冊目は子どもにあげた。そうして、最近になって4冊目を買った。

今でもページを開くとかつての頃を懐かしく思い出す。自転車で近所の川へと釣竿を持って急いだあの逸る気持ちと、身体中にこびりついた甘い泥の匂いを思い出すことができる。むせかえるような草いきれも、夕陽の溶けた薄暗い水面の色もありありと思い出す。すべてが幸せのうちに過ぎていった頃のことだ。

開高健もそうだったのかもしれない。彼の文学作品には懈怠や恍惚の中に鬼気迫るような、ある種の苦しみのようなものが見て取れるが、紀行文──ことに釣りの話ともなると、そういった影が微塵にも感じられない。文章の解像度が増し、言葉が踊り、彼の見てきたものをありありと目の前に浮かび上がらせてくれる。匂いも味も、手触りも、何もかもが姿を表して、どこか笑みを滲ませたように見える。

ピラーニャ(ピラニア)、ピラルク、トクナレ、ドラド──長大な大河を旅して、さまざまな魚を釣り、さまざまなものを食べ、大いに飲み、笑う。そうだ、笑うのだ。

普段の仕事で疲れ、淀み、眠い目を擦りながらも車を走らせて、まったく釣れない日だってある。そんな時は、なんでこんな辛いことをするのか、帰りたい、と思う。しかし、次の一投で釣れるかもしれない──そんな淡い期待を胸に釣り人は竿を振り続ける。そうして、やっぱりダメだ、もう帰ろう、と思った時、水面が割れて糸が走る。その瞬間──きっとぼくは笑っているはずだ。

何も釣りをやったことがある人だけじゃない。仕事で疲れた人や生活に飽きてしまった人がいれば、ぜひこの本を手に取ってみてほしい。子どもの頃、何にも倦むことなく原っぱを駆け回った時のあの感覚に、もしかしたらまた出会えるかもしれない。そんな一冊である。

 

 

 

012|なぜ、彼はラヴェルを弾いたのか?/『いちご同盟』三田誠広

最近になって──とはいってもここ10年くらいの話なので、あまり最近とも呼べないかもしれないけどよくマンガを読むようになった。

 

昔はあまり読まなかったのだけど、おじさんと呼ばれるような年回りなってからふいにマンガを買うようになった。10代から20代までの頃はほとんど小説ばかりで、大学受験真っ最中の時も悠々と『燃えよ剣』を読んだりしていたものだ。よくもまあ、親からはっ倒されなかったものだ。うちの親は実に寛大である。

 

それはさておき、最近は本当にマンガをよく読む。Kindleという手軽な手段を覚えたということもあるかもしれないけれど、最近だと『葬送のフリーレン』がお気に入りで、「フリーレンかわいいなぁ」とか思いながら、マンガを読み耽っている中年男の姿をぜひ想像してみてほしい。けっこうな事案だと思う。

 

まあ、それもさておき、そんな風に最近はよくマンガを読むのだけれどきっかけになった作品がある。『四月は君の嘘』だ。有名な作品だからぼくなんかが詳しく内容を語らなくても、みんな知っていると思う。

 

ピアニストである少年と、バイオリニストの少女との恋の物語だ。音楽を通して心を通わせる彼らの姿はとても眩しく、中学生の青春という設定だけで40手前のぼくには致命傷になりかねない。過ぎ去ったいろいろなことが思い出され、目頭が熱くなる。年は取りたくないものだと思う。

 

しかし、そんなノスタルジーでこの作品を好きになったというわけではない。最初は爽やかな青春のラブストーリーだと思っていたけれど、読み進めていくにつれ徐々に重さが圧しかかってくる。不穏な空気が立ち込め、その重さに胸が締めつけれるような思いがした。その感覚をぼくは知っていた。そして、そのセリフに行き当たり、息苦しくなるほどの懐かしさを感じた。

 

「あたしと、心中しない?」

 

誰かの激しい息遣いが聞こえてくるようでもあり、その中で幼い声でまた別の誰かがつぶやいたような気がした。

──ばかやろう、と。

それはぼくがまだ大人になる前の頃、何度も何度も繰り返し読んだ小説だった。

 

四月は君の嘘』は『いちご同盟』のオマージュであると言われている。たしかに設定は似ているし、セリフもいくつか引用されているけれど、ぼくは『いちご同盟』が突きつけてくる「生きるとはどういうことか?」というテーマに対しての、ひとつのアンサーだと思っている。だから、主人公の有馬に「僕はラヴェルは弾かないよ」という選択させたのかもしれない。その先はたとえ悲しみを携えたまま生きていくとしても、その等価としての希望のようなものがそこには見える。死を意識した時、どう生きるのか、それはとても大事なことだ。

 

ハイデガーが提唱した「被投性」というものがある。ぼくたちは自ら望んだわけでもなく、勝手に世界に放り込まれて、いつか死ななければならないという定理のもとで強く未来を意識することになる。──どう生きるべきなのか、というその強い意思だ。

先駆的覚悟性と呼ばれたその意思の中で、ぼくたちは自らの「生」を再構成する。ラヴェルは弾かない──それは死へ寄り添いながらも強い意思で生を渇望した『いちご同盟』への決別だったのかもしれない。

 

ただ、一方で『いちご同盟』が諦念のもとに死を意識したものなのかというと、決してそうではない。そこにはさらに強く、現実的な意思がなされているとぼくは見る。

むりをして生きていても
どうせみんな
死んでしまうんだ
ばかやろう

この冒頭からいきなり撃ち込んでくる生へのアンチテーゼ、しかし、死にゆく少女はそんな言葉を知らないままに、自らの運命において否定する。

──人を傷つけたり、傷つけられて恨んだり、いろいろと哀しい体験をして、そうしてたぶん泣きながら、これが生きるってことなんだと思う。つらくてもいいから、生きていたい……

つらくてもいいから──そんな風に言われた主人公の良一はまだ十五歳だ。もし、彼が彼女のことを知らなければ、鬱屈とした日々であったとしても、それなりの時間を送ることができていたかもしれないし、あるいはもっと楽しい時間だってその先にあったかもしれない。

しかし、人生はつらいものだと少女は言い、それでもその先の時間を見たいと強く覚悟するのだ。そこに投企された未来は、当事者にはなり得ない良一にとって、あまりに重苦しいものであるかもしれないけれど、自らの時間の中で重要性が増してくる。少女が投企した未来が、現実の形として投射されることはない。しかし、その少女の時間の中に投企されなくとも、良一がそれを持っていくことになる。もちろん、少女の幼馴染の哲也の時間にも、だ。

『四月は〜』の有馬がラヴェルを弾かないという選択は、誰もが予想しうる最悪な未来への決別であったけれど、良一がラヴェルを弾くというその選択は、良一だけのものではなく、少女の選択でもある。

「あたしは『王女』じゃないから、気にしなないで」というその台詞は、「あなたはつらくてもいいから生きて」という風にぼくには聞こえる。

どうせ、みんな死んでしまうのはたしかにその通りかもしれない。しかし、十五歳という少年少女たちにあの「死」の重さ、あるいは「生」の重さを背負わせたこの作品は、やはりすごいのだと思った。

 

 

 

011|『きみの鳥はうたえる』佐藤泰志|その夏がずっと続けばいいと思った

<内容>
世界に押しつぶされそうになりながら懸命に生きる若者たちのたったひと夏の青春を切り取った名作。


 

20歳の頃を思い出すと、底抜けに楽しかったこという記憶しかない。とくにその年の夏は本当におもしろかった。

夜半に公園のベンチに集まって、なけなしの金を持ち寄って、酒とちょっとのツマミを買って、夜が明けるまで飲み明かした。友人たちはみな中学からの同級生だった。不良というわけではなかったけれど、優等生というわけでもなく、どこにも振り切れず、はじかれた者たちであった。大人たちからクズと呼ばれることなんて日常茶飯事だったし、どこに行っても白い目で見られた。

それでもその狭い輪の中で、ぼくたちはひたすらに楽しく生きていた。世界を呪う言葉さえどこか明るかった。

しこたまビールを飲んで、地面に寝っ転がり、「明日世界なんて滅びちまえばいいのにな」と呟いた友人のあの笑顔をぼくは今でも忘れない。時折、そのときのことを思い出しては、フッと笑みが唇の端にこぼられるような気がする。

そして、あの時の笑顔のままでこのクソみたいな世界を呪う。

「明日世界なんて滅びちまえばいいのに」と。

その夏はまるで永遠のような一瞬だった。あの時間さえあれば、ずっとその先だって生きていけるような気がした。その時間がずっと続いていくことだけをぼくたちは願っていた。しかし、その季節が過ぎ去ったあとで、それぞれがそれぞれの世界に捕まり、あるものは大学を辞め、あるものは夢の形を変え、あるものは心を病み、あるものはいなくなった。たまに連絡が来るものもいるが、互いに生きていることを確認するだけのような短いやりとりで、あとはまたそれぞれの世界に戻っていく。

あの夏だけが永遠に思い出の中に閉じ込められている。

 

その夏がずっと続けばいいと思った

彼らもまたそうなのだ、とこの作品を読んで思った。

永遠に閉じ込められた夏がそこにはあった。ずっとその夏が続いていけばいいと、とぼくは彼らの時間を思った。

酒ばかり飲んで、ただそこにある享楽や快楽を無為のまま浪費していく若者たちの姿が印象的な作品だ。主人公の“僕”と同居人の静雄、そして佐知子との奇妙な関係──彼らが過ごしたそのひと夏はまるで永遠のようでありながら、もうどこにも行けないような閉塞感と、あるいはいつか終わってしまうというようなひりつくような不安定さのうえに揺れている。

いつか終わる──なぜ、それだけではダメなのだろうか、と思ってしまう。その関係性を崩さなければ、その時満ち足りていた空気だけを握りしめていたら、きっと終わりなんてなかったのではないかと思ってしまう。それが自分の時間に対してなのか、その三人に対してなのかはわからないけれど、まるで追体験でもあるかのように自分自身と物語とのあわいを消してしまうような、あの妙に生々しい感情はきっとぼくだけが抱くものではないと思う。

たとえば、ある雨の夜に三人が一本の傘に入って、歩いていくシーンがある。とても印象的な場面だ。とても楽しそうで満ち足りていて、なぜそこにあった時間だけでは足りなかったのかとぼくは考えてしまう。ずっとそのままでいることができたら、なんていうのは、あまりにも安直な感情なのかもしれないけれど、ぼくたちはずっとそうやって願ってきたはずだ。

いつかは終わってしまう──誰もがそんなことはわかっているけれど、その曖昧な終わりの予感こそが、その永遠にも似た空気が止めるそのひと夏を輝かせるのかもしれない。

瑞々しくそれでいて儚げに、誰もが持つ”あの頃”を呼び起こさせてくれるようなそんな作品であった。

 

 

 

010|『燃えよ剣』司馬遼太郎|日和雨のむこう側で

<内容>
江戸時代末期、”バラガキ”と呼ばれた少年が京へと上がり、新選組を結成し、時代に翻弄されながらも剣に生きる道を貫いていく。鬼の副長・土方歳三の生涯を描いた壮大な大河小説。


 

ちょっと前に、ひさしぶりに映画館に映画を観に行った。ぼくはあまり映画館で映画を観るという習慣を持っていない人間なので、ずいぶんひさしぶりのことだった。そんなだから、ついついはしゃいでしまい、売店ハイボールやポップコーンを買い、挙句これまで買ったことのないパンフレットまで買ってしまう始末だった。自分でいうのもなんだけれど、相当楽しみにしていたらしい。その時のタイトルが『燃えよ剣』だった。

ずっと公開を待ち望んでいた。公開したら夫婦で観にいこうと約束していた。しかし、新型コロナウイルスのせいで公開は延期され、その間にぼくたちは離婚してしまい、結局その約束は叶わなかった。そういう意味では思い入れのあるタイトルでもある。

内容はどうだったかというと、1000ページ以上もある原作を映画の尺に収めるのだから、どうしたって物足りなさはあった。しかし、おもしろくなかったかというとそんなことはなく、じゅうぶんに楽しむことができたし、土方歳三を演じた岡田くんもとても格好良かったし、他の隊士たちの配役も良かったと思う。

ただあえていうと、日和雨のシーンがまったくなかったことが残念だった。原作でもさして重要なシーンとも言えないけれど、不思議と印象の強いシーンだ。もし、あの明るい雨を映像で表現するとしたらどのように描写しただろう。

 

日和雨のむこう側で

日和雨という言葉を知ったのは、この本でのことだった。

日差しの中に降る雨のことだ。その気象現象をぼくはお天気雨と呼んでいた。祖母からは小さい頃に狐の嫁入りとも教わっていた。この呼び方は初めてだった。

日和雨という漢字の当て方はとてもきれいだと思った。日和雨と書いて《そばえ》と読ませている。

この長編の物語の中でその雨が降る場面は3つだけれど、そのどれもが印象的だ。

1つ目は池田屋の前──。

大原女が沈んだ売り声をあげて河原町通を過ぎた後、その白い脚絆を追うようにして日和雨がはらはらと降ってきた。

「静かですな」

沖田総司がいった。

大原女の声をかき消すように降ってくる静かな雨と、日差しに晒された白い脚絆がとても印象的である。陰影を際立たせるような明るさがあるように感じられるのは、その後に来る凄惨な事件とそれによって名声を得る新選組を示唆してのことなのか。

そして、2つ目が鳥羽伏見の開戦直前──。

長州兵が通り過ぎた時、ぱらぱらと昼の雨が降った。
陽は照っている。
(妙な天気だ)
と、望楼の窓から離れようとしたとき、ふと目の下の路上で、ぱらりと蛇の目傘を開いた女を見た。

恋人のお雪の姿を戦場に追いかける場面である。まるで傘の開く音が聞こえてくるような印象的なシーンだ。しかし、池田屋の前の場面と比べると、陽が差しているはずなのにどこか暗い印象がある。お雪との交情がそうさせるのかもしれない。

そして、最後のシーンである。この場面についてあえて詳しく語ることはしないけれど、そこにはもう影はなく、石畳の上に明るい雨が降る。箱館戦争が終わり、土方歳三が戦死し、何もかもが通り過ぎた後である。その向こう側にお雪の透き通るような笑顔がある。

土方歳三の生涯といえば誰もが知るところであるし、その壮絶な生き様をただ戦いの連続として描くのであれば、ぼくはこの作品のことをあまりに好きにはなれなかっただろうと思う。しかし、こんなにも詩情に溢れた作品に『燃えよ剣』だなんて題をつけたのは何故だろうかといつも考えてしまう。男の生涯とはこんなにも静かなものなのかとそんな風に思ってしまう。

 

 

 

009|『スモールワールズ』一穂ミチ|人生に触れた時の優しさや淋しさ

<内容>
夫婦、親子、姉弟、先輩と後輩、知り合うはずのなかった他人ーー書下ろし掌編を加えた、七つの「小さな世界」。生きてゆくなかで抱える小さな喜び、もどかしさ、苛立ち、諦めや希望を丹念に掬い集めて紡がれた物語。


 

冬に秋田へ旅行した時、電車の中に閉じ込められたことがあった。

二十歳になったばかりのことで、一人旅だった。新幹線から雪のちらつくホームに降り立った時、低く重たい雲の隙間から薄日がさしていた。しかし、羽越本線に乗り換えて山形の県境の町に近づいたとき、天候は急転し、強い風に雪と雨が混じり、車窓の外は白く閉ざされていた。電車はゆっくりと徐行しながら運転していたけれど、目的地の駅の手前でとうとう止まってしまった。

その時、一緒に乗り合わせていた女の人のことを、今でも時々思い出すことがある。

歳は七十くらいで訛りはなく、標準語で話をしていたのが印象的だった。車内には他に二、三人の乗客しか乗っておらず、閑散としていた。強い風と軋むように揺れる電車の不穏な音だけが車内に響き渡っていた。ぼくは無性にタバコが吸いたくて仕方なかった。

「旅行かしら?」と彼女はひとつ席を空けて隣に座るぼくに訊いた。
そうです、とぼくは答えて、目的地を伝えた。
「じゃあ、あとひとつ先の駅ね。私はもう少し遠いから、ちょっと困ったわね」
「どこまで行くんですか?」
「新潟の姉夫婦のところまで。甥っ子が駅まで迎えに来てくれるはずなんだけど、これじゃあ真夜中になっちゃうわね」

新潟までどれくらい時間がかかるのかわからなかったけれど、地理的に考えてそれが途方もない旅路であるのはわかった。

一時間ほど話をして、電車が動き出し、ようやく目的地に着いてぼくは女の人と別れた。

お元気で、と彼女はぼくに声をかけてくれた。

彼女がそこから無事に目的地まで辿り着けたのだろうか──二十年近い歳月が経った今でも時々その時のことを思い出すことがある。

 

人生に触れた時の優しさや淋しさ

できることならその女の人とその後の時間を共にして、すべての顛末を見届けたかった。

しかし、ぼくたちはどうしたって誰かの時間を生きることはできない。ことの一部を見届けたとして、その後の時間を共にすることもできないし、その瞬間瞬間に含まれる責務を負うこともできない。ただ人生という熱を帯びた時間に触れたときの温もりだったり、あるいはその冷たさだったりがあるだけなのだ。

この作品もそうだと思う。短編のひとつひとつの作品にそういう優しさがあったり、あるいは淋しさ、恐怖にも似た感情が湧き起こる。まるで誰かの時間を覗き込んでいるようだった。

そう思わせてくれるのは物語の濃度が高さにあるのだと思う。緻密に作り込まれた物語もあれば、本当に誰かの時間を切り取ってきたような物語もある。そして、そのすべてが切り取られた枠の外に延伸の時間を持っている。だから、この物語のひとつひとつに、これはハッピーエンドでした、これはバッドエンドでした、なんていうことは語ることができず、ただ誰かの人生に一瞬触れてしまった時のような温もりや、あるいは淋しさが残る。

ぼくはそういった感情を抱え込んだまま、この作品を読み終えたとき、椅子の上でぼんやりと二十年前のあの電車の中でのことを思い出していた。

作者は「私はこれからも、小さな窓からそこで暮らす人たちのことを覗き込んで書くんだろうな、と思います」と文学賞の授賞式のときに語ったらしいけれど、

もし、この作者だったらどんな風にあの時間のことを切り取ることができるのだろうか。そして、ぼくだったらあの時間のことをどんな風に切り取るのだろうか、とそんなとりとめのないことを考えていた。

 

 

008|『ボクたちはみんな大人になれなかった』燃え殻 |たしかにぼくたちはそこにいたんだ

<内容>
それは人生でたった一人、ボクが自分より好きになったひとの名前だ。気が付けば親指は友達リクエストを送信していて、90年代の渋谷でふたりぼっち、世界の終わりへのカウントダウンを聴いた日々が甦る。


 

90年代というと、ぼくは大半を小学生で過ごし、そして中学生の半ばになってあの狂騒じみた2000年という年を迎えた。だから、あまりなじみのないというか、うっすらとした記憶の中にしかない時代ではある。

とは言え、年越し番組で小室ファミリーが『YOU ARE THE ONE』を歌っていたのは覚えているし、その時代も終わりに差し掛かった1999年のクリスマスには、初めて同級生の女の子と竹下通りでデートしたことも覚えている。その女の子とはそのすぐ後で終わり、彼女と撮ったプリクラをキッチンで燃やして、母親にこっぴどく叱られたのはいい思い出である。

ノストラダムスによる終末も、Y2Kによるコンピューターの暴走もなく、世界が固唾を見守る中、時間はあっけなく千年紀の最後の年へと歩を進めた。

あの頃の友だちとはもうずいぶん長いこと連絡をとっていない。たまにFacebookで友だち申請が来ることもあるけれど、そこにアップされている画像にはまったく馴染みのない大人になった彼らの姿がある。皆、それなりに何かしらの問題は抱えているだろうけれど、満ち足りた生活をしているのだということがよくわかる。そんな彼らの姿を見て、ぼくはソッと苦笑しながらひどく荒んだ気持ちになる。

もう、みんな立派な大人であり、ぼくといえばいまだにフラフラとしていて、いつまでもあの時代から宙に浮いたままでいるような気がする。

残念ながらぼくは大人になることはできなかった。

 

たしかにぼくたちはそこにいたんだ

タバコも酒もやるようになって、いつの間にか働くようになって、一度は家庭だって持った。父親にもなった。でも、大人と呼ばれるような年齢になろうが、子どもの頃から何も変わらない。階段で息を切らすようになったり、身体が思うように動かなくなったり、孤独に対してあまり気に留めなくなったりするくらいのことだ。

そんなひとりの時間の休日に酒を飲みながら何か映画でも観ようとNetflixを開き、そんな感傷的なタイトルの映画を見つけてしまった。まんまと釣られてしまったわけだ。

ひと言でいえば、とても好きな映画だった。90年代と2000年代の初めの頃──我らが時代である。それに森山未來が格好良かった。昔から好きな俳優だ。『世界の中心で愛をさけぶ』の頃からだ。原作を読んで、その後になって映画を観に行ったが、それはまた別の話だ。

それにしても、この映画はあまりにも良かった。Netflixもいい映画を作るなぁなんて脚本家なんかを調べていたら、原作があることを知った。知った以上は買って読んでみるほかない。そんなわけで原作を手に取った。

意外だったのは原作があまりにもあっさりしていたということだ。華美な心情描写も、豪勢な情景描写もなく、淡々とした平易な文章で物語は進んでいく。しかし、それだけでよかった。状況と作中に多く散りばめられた固有名詞たちが、時代の輪郭や匂いを際立たせてくれる。

90年代と2000年代のあのどこに向かうともしれないような不安定さの上で揺らいでいたあの空気感と、底抜けに楽しかったあの時代が確かにそこに浮かび上がる。

そうだ、ぼくたちはたしかにそこにいたんだ、と思わせてくれる。

世代によって見てきた景色は違うかもしれないけれど、過去に確かにぼくたちの時間はあって、その実感によってあの綺羅を纏ったような情景が支えられているのだ。

誰にだって帰りたい景色があるはずだし、時間がある。そんなノスタルジーを思い起こしてくれる作品であった。

 

 

007|『ナイン・ストーリーズ』J・D・サリンジャー|小説の完成形

<内容>
代表的短編の「バナナフィッシュにうってつけの日」など九編を収録。若者が内包する苦悩を、胸に突き刺さるような繊細な物語に託して、世界中で熱狂的な読者を有するアメリ現代文学の巨匠が、自ら編んだ作品集。


 

実家を出てからも、同じ町内に、アパートを借りて住んでいた。

2DKのアパートで駅からは遠かったものの、部屋も広く、近くに大きな公園もあって、結婚したばかりで子どもも小さかったから十分な環境であった。

それに学生結婚でまともに稼げるような身分でもなかったから、駅が遠いなどといった文句は言えるわけもなかった。本当にお金がなくて、家具もまともに買えず、最低限、洗濯機と冷蔵庫はと思って買ったはいいものの、それでカードの枠がいっぱいになり、一時期はほとんど何もない部屋で、家族三人で身を寄せるようにして過ごしたのを覚えている。

そんな生活をしていたものだったから、好きな本も買えないだろうと、友人がよく本を貸してくれた。

彼は当時美大生で、アトリエがわりにアパートの部屋を借りていて、そこがぼくの住むアパートと目と鼻の先にあったのだ。とても穏やかな性格の男で、ぼくとは中学、高校の仲だったけれど、妻や子どもも彼によく懐いていて、よくアパートに遊びに来ていた。

その彼が『ナイン・ストーリーズ』を貸してくれた。これは面白いから読んでほしい、と口調は静かだったけれど熱がこもった調子でぼくに語ったのだ。

とくに「バナナフィッシュにうってつけの日」という短編が面白いから、と念を押すように言った。

ぼくはその時、たぶん、久生十蘭の短編か何かを読んでいたと思う。しかし、彼があまりにも興奮気味に語るから、じゃあ、久生十蘭は置いといて、次の日からさっそく読んでやろうと借り受け、テーブルの上に置いた。そして、あとは酒になった。それがいけなかった。

次の日、酒があまり抜けずに遅くに起き出すと、テーブルの上に置いてあったサリンジャーは見るも無惨な姿になっていた。本の表紙はボロボロにちぎれ、ページはくしゃくしゃになっていた。子どもがおもちゃにしてしまったのだ。妻が少し目を離したほんのいっときのことだった。

子どもはまだ言葉も話せない頃だったから、これは完全にぼくが悪かった。ぼくはすぐに彼に連絡して丁重に詫びた。しかし、彼は「子どもがしたことだし、いい思い出になるだろうから」と笑ってその本を譲ってくれた。

それから十数年の時間が経った。ぼくの手元にはその本はもうないし、妻とも別れ、彼とも十年以上会っていない。

読書から少し離れた時期に、それでもたまに書店を覗く習慣が体に染みついていて、たまたまそんな時に『ナイン・ストーリーズ』を手にして、ふとその時のことを思い出した。

 

小説の完成形

学生の頃、その友人とよく「完成された小説とは」なんていうことを酒を飲みながら話していた。実に面倒な奴らだったと思う。

そして、ぼくはいつも梶井基次郎の『檸檬』の名前を出した。初めて読んだ時の衝撃は今でも覚えているし、彼もそれについては同意見だった。

「なかなかあれを超える小説はないよね」なんて彼もニコニコ笑いながら言っていたのを思い出す。

だから、毎度そんな話をしたところで同じ結論をみるだけだったのだが、あるとき、ぼくたちが性懲りもなくそんな話をしていると、彼はやはり梶井基次郎の凄さに同意しつつも、「サリンジャーもすごいよね」といつもとは違うことを言い出した。

ナイン・ストーリーズって短編集があるんだけどね、『バナナフィッシュにうってつけの日』っていう短編、あれはすごかったよ。もうほとんど小説として完成しているんじゃないかな」

口調はいつも通り穏やかだったけれど、やけにが熱のこもった彼の言葉に、ぼくは、へえ、と興味を示しながらも、内心どこか嫉妬に似たような感情を持っていたと思う。

彼は美大の課題で忙しくしているくせに、ぼくなんかよりもずっとたくさんの本を読んでいて、いつもぼくの知らない情報を持ってくる。ぼくだって他人よりはたくさん本は読んでいるのに、と当時は勝手に自負していたから、そういう彼に劣等感を感じていたのだと思う。

だから、彼が読んでいるものはぼくも読まないわけにはいかなかった。常に同じ土俵にいたかったのだ。

そして、結局、彼から借りたサリンジャーはボロボロになって読めず、十数年経った今になってようやく買い直して読み終えたわけだけれど、ぼくは最初の短編から打ちのめされてしまった。

友人の彼が言っていた通りであった。

「バナナフィッシュにうってつけの日」──これはひとつの小説の完成形だと思った。なぜあの時すぐに買い直して読み、彼に感想を伝えなかったのか、それが妙に口惜しくもなった。

「訳もすごいよね。原題がさ、”A Perfect Day for Bananafish”っていうんだけど、これを”うってつけの日”って訳すところがまたたまらないよね」

読み終わってみて、ぼくはホッと息を吐きながら、楽しそうに語っていた彼のことを思い出し、あの楽しさだけしかなかった時代のことを思い出した。ぼくはもう小説の感想を伝える相手もいない、そんなつまらない大人になってしまった。

ぼくも彼も若かった。だからこそ、「小説の完成形」などという迂闊な言葉を、憚りもなく口に出せたのかもしれない。そして、何度でもいうが本当に楽しかったのだ。

だからこそ、もうそんな取り返しのつかない時間の先で、ぼくはあえてこの作品のことを「小説の完成形」であると言ってみる。

小説の楽しさをあらためて思い出させてくる、そんな作品だった。