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本との出会いのこと、とか。

005|『檸檬のころ』豊島ミホ|世界はこんなに熱いんだ

<内容>
初恋や友情、失恋、部活、学祭、上京──田舎の県立高校を舞台にした「あの頃」という不格好で、情けなくて、それでもかけがえのない瞬間を描きだした青春小説。


 

とてもくだらない青春時代を送ったと思う。
高校は山に囲まれた辺鄙な田舎で、彼女なんてものはいるはずもなく、周りにはいつも男友達ばかりだった。学校帰りにマックに入って、いつもくだらない話ばかりをしていた。
卒業してからもそんな調子で、その頃にはどうにかこうにか彼女を作ることはできたけれど、どうしたって男同士でいることが多く、酒ばかり飲んで酔っ払っては大声をあげ、酔い潰れ道端で眠ったりもした。

そんなどうしようないことばかりしていたから、大学も普通の人間たちが四年間で卒業するところを、うだうだと五年も居続けてしまい、ようやく社会に出たというのにそれでもまだずっとあのくだらない青春時代の延伸を生きているようなつもりでいた。

しかし、年を重ねるごとに、ひとりまたひとりと友人たちは離れていき、気づいたらもうぼくの周りには誰もいなくなっていた。大学時代の彼女とはまだぼくが学生でいたうちに結婚したけれど、彼女も今となっては他人の関係になっている。今ではもうたまに入る飲み屋なんかで隣り合った人たちと他愛もない話をするくらいの希薄な人間関係しかない。

だから、時折ふと過去を見渡してみて、あのくだらないと吐き捨てた青春時代が、何もなかったはずの時間たちがとても愛おしくなる。

 

世界はこんなに熱いんだ

好きだった女の子とのすれ違い、叶わなかった思い、周りも見えなくなってしまうような恋、特別になれなかった自分──青春なんてそんなことばかりだった。それが普通のことだったし、そこに見渡すべきものなんて何もなかったと思う。

しかし、この小説にはその「普通」だったことがあまりにも眩しく描かれている。初めてこの短編集を読んだ時、まるでずっと昔に捨ててしまった景色や感情たちを拾い集めているような気がして、胸の詰まるような思いがした。そして、読み終わった後で、途方もない懐かしさの中でかつて──「あの頃」の中にあった世界の温度を感じた。たしかに、世界はこんなにも熱かったんだ、と思った。

作者はそんな風に「普通」を輝かせる天才だと思う。いつも日常の片隅にいて、その瞬間の中心になりえなかったものたちにも光を当ててくれる。それは振り返った先で道に跳ねた日差しのようでもあり、キラキラといつまでも輝いている。

跳ねるように軽妙な文体であの瑞々しい瞬間を切り取った短編たちは、どこか傷を隠しているような優しい懐かしさを感じる。連作として連なるこの短編たちを読みながら、ぼくたちはいつでも「あの頃」に帰ることができる。

まるで卒業アルバムを眺めているような、そんな作品だった。